• 世界が一流と認めるドイツの黄金ルールを学ぶ90日間ヨーロピアンフラワーデザインプロ養成講座メール版

はじめまして。堀江美砂子です

はじめまして。
堀江美砂子と申します。

これを読む皆さんの多くが

”技術をあげたい”

”アレンジを上達したい”

 

と思っている方が多いと思います。

私が今までの人生で学んできたこと
皆さんに何を伝えることができる人間なのか
私がどうやってフラワー技術を身に付けたのか
参考にして頂けると幸いです。


初めての就職は証券会社の営業職

学校を卒業し、初めて入社した仕事は
本当に面白くなく、辛いだけでした。

頭では 

「頑張らないと」
「努力しないと!」

と解ってはいるのですが、
どうやっても ”頑張る” ということができない。

会社にいることが苦痛で、
すぐ辞めてしまいました。

 

そして思いました。

「毎日お金を数える金融は、もううんざり!」
「お金に関係のない世界に行きたい」

それがお花の世界へのきっかけでした。



渡独して感じた絶望と孤独

お花は好きで、友人と3人でフラワーアレンジメント教室に
通っていました。
3人の中で一番下手ではありましたが
お花は本当にため息がでる美しさで好きでした。


ヨーロピアンフラワーデザインの本場
ドイツに行くことを決め
不安半分、希望半分でした。

 

渡独して最初の大きな壁は
言葉の壁でした。

言葉ができないと何も始まらない。
そして誰とも繋がれない孤独と
自分の居場所がどこにもない絶望感。


今振り返ると、あの頃が一番つらかったかもしれません。

「なんて所に来てしまったんだろう」
という後悔以外なかったかもしれません。

週に1回、ミュンヘン空港に飛んでくるJALを見に行って
鶴のマークを見て涙していた日々を思い出されます。

 

 

それでも動かないと何も変わらない。
私はドイツ語を学ぶことからスタートしました。


ドイツ語は言葉のセンスがなく
なかなか上手くならず
特に耳が悪く聞き取れない。


語学を学ぶことに限界を感じて
履歴書を持ち、飛び込みで
1件1件アルバイトしたいと思う
花屋を回りました。


たどたどしいドイツ語なので、

「絶対、門前払いだよね」

と思ってましたが、意外と雇ってもらえました。


そこからは ドイツ語学校と
花屋のバイトとの二重生活が始まりました。

 

しかし、花屋でバイトを始めて2年経っても、
全然上達しないのです。

 

渡独すれば上手くなると勘違いしていた

 

2年たっても全く上達せず

「あー やっぱり私には才能がないんだなぁ」

と花を諦めようと思い始めた頃
1つの広告を目にしました。

「ウエディングブーケの1日レッスン」

 

私は一回もウエディングブーケを作ったことがなく
1回作ってみたい! と
憧れていました。


「最後にこれに参加して、終わりにしよう!」

 

そう思って参加したレッスンで
先生に質問されました。

「あなたはどこの学校に行っているの?」


ドイツは職業訓練校があり
見習いの子は 全員、花屋で働きながら
この訓練校でフラワー理論を学ぶ
というシステムです。
職場半分、学校半分で 二重制度と呼ばれています。


教える時間がない職場で働いても
国が作っている訓練校で
基礎的な知識を身に付けられるので
全員が平等に教育を受けられます。
如何にも合理的なドイツのシステムです。

 

 

私は学校に通っていないと答えたら

先生は
「学校に通わないと上達はしない。
知識を得られないから。」

と、学校のことをいろいろ教えてくれて
外国人の私が学校に入る道や、
人を紹介してくれました。



毎日花を触っていても 正しい知識がないと
上達できない。


お花はその人の才能やセンスだと
思っていた私にとって、新しい発想でした。

 

 

学校への入学

 

私は職場に帰り、早速オーナーのペトラに
相談してみました。


するとペトラは協力してくれて、
入学のための書類などを揃えてくれました。


フローリストの養成学校、半分
花屋勤務 半分 の生活が始まりました。


学校では最初は花に触ることが一切なく
理論のみの授業が続きました。


◆お花の取扱方
◆お花の合わせ方
◆お花の空間の取り方
◆色彩
◆デザインの作り方
◆造形学
◆建築学
◆植物学
◆経済学 などなど

学ぶことは多岐に渡りました。

すると、いままで2年の花屋勤務で
ぼんやりとしていたものが
パズルのピースがはまる様に
明解に理解出来ていきました。

「綺麗でないことは解るけど
何が悪いのか解らない」

と今まで思っていたことが
どこが悪いのか解るようになりました。

 

卒業後、フローリストの試験に合格し
マイスター学校へ行くことを決めました。

 

 

練習量より大切な物がある

私はその頃、ペトラのところを離れて
マイヤーさんという御夫婦がやっている
別の花屋で働いていました。


そこは大きな花屋で、私は水揚げと
掃除しかさせてもらえませんでした。

クラスの皆は、第一線でバリバリに
働いていて、一日に何十もの制作をこなしているのに
私は作らせてもらえて 週に花束1個 というペース。

自分は外国人だから仕方ないよね

と現状を受け入れる反面
練習量が少ないことに対しての焦りが
すごかったです。


しかし、結果的にマイスター学校卒業試験での
作品の成績は なんと!

作品5点作って

クラスで1番、2番、3番の好成績
クラスで3位以内に入れなかったものは1点のみでした。


私は語学のハンデがあったので、
単語を覚える時に、花理論の
全ても一緒に暗記してました。

これがよかったのだと思います。

クラスの他の誰よりも暗記していた。

だから理論ありきで作品を作れていたので
好成績が取れたのだと思います。


帰国して花屋を開く

 

帰国して、私は 「花匠美」という花屋を開業し
たくさんのお客様に喜んでもらえました。

あんなに上達できなかった私が

「あなたのセンスに任せます」

なんて言われるのです。
信じられません。


そして、こんな私でも上達できた
ドイツ理論を伝える学校

ドイツトップフローリストアカデミー
を設立しました。

再びドイツ理論を紐解き
独自の教科書を作るにあたり、

「あ、この方法で作れば絶対きれいになるよね。」と
新たな法則がいろいろ発見できました。

それは私がドイツ理論という基礎のベースに
何万というアレンジ、花束制作の経験が作り上げたから
見つけられた新しい理論なのだと思います。

そしてドイツにいた頃、暗記はしていたけれど
100%の理解が出来ていなかったものが
マイスターになって、10年以上たってから
あ、そういう事か と理解できたという事も
ありました。


私が20年かけてたどり着いたノウハウを
皆さんに1年で学んでもらいたい

これがこのスクールのミッションです。

基礎を身に付けたら、数をこなし
皆さんの個性を出すフェーズに入ります。

私がお手伝いできるのは
ほんものの基礎を身に付けるところまでと
考えています。


私は証券会社から今の仕事に代わり
あの頃全くできなかった努力が
少しは出来るようになりました。


人間には頑張れることと、頑張れないことがある

ということも発見だったし

私らしく生きる ということの意味も知りました。

自分らしい生きることは
自分の気持ちに正直に生きていくこと
自分が楽しいと思う事や
やりたい事を自ら選択する生き方です。

 

                  堀江 美砂子